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【秋のオンライン特別講座】「大野あさりの秘密とは?」~浜毛保漁業協同組合 代表理事組合長 山形昇先生~




大野あさりは、海と人の手の結晶


秋晴れの日曜日の昼下がり。お昼ごはんを食べ終え、食後のお茶を飲みながら、向かう先はZOOMの画面。そこはまるで、お茶の間で、親戚のおじさんが来ておしゃべりしてくれているようなアットホーム感。山形さんの話を聞いていると、「大野あさり」を知らなくても、自然と大切なことがわかり、自然と愛おしく、食べずにいられなくなりました。



廿日市市民のド定番!大野あさり

「大野あさりを食べたことのない人、(指で×をつくって)ダメダメ」と優しい顔で、しっかりとダメ出しをするその人は、廿日市市大野にある浜毛保(はまけぼ)協業協同組合の代表理事組合長の山形昇(やまがたのぼる)さん。私(=本レポート担当・岡本)が広島県でも備後地方の山育ちだから食べたことなかったんです、ごめんなさいと心の中で言い訳をしていました。


大野あさりは、なんと言っても「身が大きく、おいしい」。その歴史は明治時代に始まり、8.8ヘクタール(およそマツダスタジアム1.8個分)という広い干潟に杭を立てて海を区切り組合員に割当てる「区割り方式」をという全国的に見ても珍しい管理方法を採用し、今日に至ります。調べてみるとどうもこの区割り方式のおかげで、各組合員の割当てが確保され、あさりの奪い合いにならず、安心してしっかりと大きなあさりを育てることができるとのこと。また、カゴを使って一気に採ることはせず、一粒一粒、熊手で手掘りをするので、貝が砂をかみにくく、あの「ガリッ」とする憂いなく安心して食べられるのだといいます。


今でこそ国の地理的表示(GI)保護制度を取得し、全国ブランドとなり日本中に流通しているようですが、昔は採ったあさりの半分くらいは自家消費されるほど地元では身近な食材だったようです。廿日市市の学校給食では年2回大野あさりが出るなど、廿日市の食卓を確かに支え、廿日市の海を代表する食材なのです。



おいしいを守るには、自然を守る

山形さんの話は、大野あさりそのものだけでなく、その周辺のストーリーに広がっていきます。小さい頃は、お母さんと一緒に干潟に行ってあさりをとり、夕飯や佃煮にしてお弁当に入っていたそうです。そして、そのお弁当のあさりご飯は、いつもクラスの女の子3人と交換して、肉などいろんなおかずをもらっていたとのこと。驚きとともに、山形さんにとってあさりが昔からとても身近な存在だったことがよくわかります。 そんな山形さんにおすすめの食べ方を聞くと、「シンプルにフライパンに入れ、水で蒸す」。あさり自体に塩分はあるので、いろいろ調味料を加えない方がいいとのこと。実際に、この前日に自分で採った大野あさりをこの食べ方で食した聞き手の平尾さんいわく「自然の味、海の味がした」との感想。「自分で採ったからこそ、そういった気持ちになれたのかもしれない」とはそれを聞いた山形さんの分析です。 この「おいしい」を守るための取り組みは、「急がば回れ」。心構えとしては、あさりを守るのではなく、あさりを育む干潟を守る。そのために、熊手で砂をかく。たとえそこであさりが採れなくても、かくことで砂に空気が入り、やわらかくなり、あさりが動きやすく、結果肉厚でおいしいあさりになる。そのために手間を惜しんではいけない。

そう、「おいしいを守るには、自然を守る」(山形さん)ことが一番なのです。

さあ、海に出よう。そして、海を食べよう。

「おいしいを守るには、自然を守る」

この言葉には、2つの大事な意味があると思います。1つ目は、自然は一度変わってしまうと取り戻すのは難しいという確かな実感。昭和51年に、大野あさりは一時全滅しました。原因は不明ですが、干潟一面が貝の死骸で埋め尽くされました。再生を信じて、みんなで死んだ貝殻を拾い集めて、干潟をきれいにし、そうした努力が何年も積み重なった結果、またあさりが採れるようになったそうです。しかし、40年近く経った今でも、山形さんに言わせると海は「(昔のように)きれいにはなったが、豊かにはなっていない」と。 一度崩れた自然は、40年がんばってもなかなか元通りにはなりません。ましてや、今は時代とともに自然が変わり、崩れやすくなっています。山形さんの言葉の裏には、このことを日々感じている重みがあります。

2つ目が、今を守り続ける人が必要ということです。エイやチヌの食害を防ぐためにネットを張り、そのネットについた牡蠣殻やアオサを取り除く。海を守るため、こうした作業を漁協の組合員の人たちは、365日、毎日コツコツ取り組まれています。取り組みの結果が出るのは、何十年もかかります。高齢の方も多く、体への負担も大きい。しかし、みんなで干潟に集まり、お互いに世間話などしながら明るく楽しみながら守っている。そうして決して今を見捨てない。そして、そうした人々の姿を見守り、いつも感謝を忘れない山形さんの姿勢も、話の端々から感じられました。


ものごとは体験してみないとわからない。 だから、海に行こう。干潟を掃除し、熊手を使って、一つずつ大野あさりを掘り、シンプルにおいしくいただこう。育んだ海と手間を積み重ねてきた人たちへの感謝。おいしさを守るのは、いつもそこから始まるのだと山形さんに教えてもらいました。

レポート:岡本泰志